トナリのサイコパス

どこにでもいるヤバイ奴。そうあなたの隣にも―。さて、今宵あなたの下へ訪れるサイコパスは―?

「便所の神様」2

 

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「やったー!」

亘が喜んでいると、便器の中から突如、ボワワワワン……と音がして、真っ白な煙が立ち上った。

そして中から白い髭を蓄え、色の黒いでっぷりと太った仙人風な老人が現れたのだ。

老人は、驚いて腰を抜かしている亘に向かってこう言った。

 

「ワシは〝便所の神さま〟じゃ。若者よ、よく嫌がらずに、便器の中に手を突っ込んだな。

よくやった。エライぞ。ワシはそなたの勇気に感動した。褒美を取らせよう」

 

老人が言い終わらぬうちに、亘の持っていた赤ペンが、モンブランの万年筆へと変わった。

「おおっ!」と亘は驚いたが、本音を言うと、万年筆より今流行りの、文字を消せるボールペンのほうが欲しかったが、黙っていた。

この便所の神様と名乗る、怪しげな人物には、逆らわないほうがいいと判断したからだ。

 

 



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あんまり沈黙が続くので、しびれを切らした神さまがとうとう口を開いた。

「何か言うことはないのか」

「あ、あんた、本当に、本当に、神さまなのかい?」

亘は我に返って尋ねた。

「そうじゃ」

当然というように、神様はうなづいた。

「な、なら、オイラに仕事をおくれ!」

亘は、頼みたかったことを一気に喋った。

「オイラ、困っているんだ。年末に工場が閉鎖されて貯金なんてないし、家賃ももう三ヶ月滞納しているし、田舎には今更戻れないし、昨日だって、やっとこさ面接まで漕ぎ着けた会社に、落っこちちゃうし……」

亘は神さまの足に縋りついた。

「なあ、頼むよ、神さま! オイラに仕事をおくれよ~!」

神さまは、話を聞き終えると静かに口を開いた。

「ならば便所掃除をせい」

「え!?」

 

亘が驚いていると、神さまは、狭い便所の中を見渡した。

「ワシの住処であるこの便所は、もう一年近くも誰も掃除をせんのじゃ。お前さんがしてくれたのなら、願いを聞き届けてやろう」

それを聞くと、亘は絶句した。

 

なんせここは、亘が入居してから一度も綺麗になっているのを見たことがなかったからだ。汚れっぱなしで、臭いも強烈な便所だった。

 

便器はひび割れ、茶色や黄色のシミが変色したままこびりつき、床には煙草の吸い殻や灰が落ち、得体の知れない紙くずや固まってとれない汚れもあった。おまけに埃も積もり放題で――。

 

壁には〝女ほしいー〟や〝マ○コ〟、〝やらせろ〟などの落書きで埋め尽くされ、便器に跨がる足置き場には、あまりの汚さに業を煮やしたのか、誰かがマンガ雑誌を両脇に置いていた。

 

それがまた汚れ、さらに雑誌が置かれ、その上からまた雑誌が……と、幾重にもうず高く積み上げられていたのだ。

 

住人たちは、それらに器用に跨がり、用を足していた。

しかも、窓や天井も蜘蛛の巣だらけで……そんな場所を掃除しろだとー!?

 

亘は考えただけでもゾッした。

だがこうしていてもはじまらない。職を得るためだ、仕方がない、と思い直した。 

「わ、分かりました。便所掃除します」

亘が力なくそう言うと、神さまは顔を綻ばせて、

「そうか。ではお前の願い聞き届けたぞ」

と言い残すと、煙と共に消えてしまった。

 

 

しばらくへなへなと、床にへたり込んでいた亘だったが、神さまとの約束を思い出し、のろのろ立ち上がった。

「仕方ない……やるか」

 

 

 

つづく

 

 

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