トナリのサイコパス

どこにでもいるヤバイ奴。そうあなたの隣にも―。さて、今宵あなたの下へ訪れるサイコパスは―?

「マザーを探して」2

暗闇の中、僕はユーリとの待ち合わせ場所の小高い丘へ、ランプの灯りだけを頼りに進んで行った。

時折、絡まった長い草が足元をすくおうとする。

その度に僕はしっかり足を踏ん張った。

ここで倒れ訳にはいかないのだ。

 

丘のてっぺんに小さな光が見えた。

それを目指して僕は上っていた。

 

「遅いよ」

僕が近づくと、ユーリのやや怒ったような声が聞こえてきた。

見ると、先に到着していたユーリが口をへの字に曲げていた。

「キリルはいつも遅刻するな。それだから、アレクセイにやられるんだよ」

と文句を言われた。

 

アレクセイは、僕たちのクラスメート。大柄な少年で、腕力が強く、クラスのボス的存在だ。

僕はと言えば、父の農作業の手伝いをしてはいるが、幼い頃から体が弱く、霜の降りる頃には必ず喘息の発作が起きた。当然、力もなく、横暴なアレクセイにやられっぱなしだった。

「おい、キリル、俺のカバンを持て!」

とか、

「おい、キリル! 宿題みせろ」

までは良かったが、だんだんとその要求がエスカレートしていった。

「おい、キリル、その靴いいな。俺によこせよ」

と誕生日に父に買ってもらった新品の靴を無理やり奪われたり、

「そのオモチャいいな。貰ってもいいか?」などとレニングラードにいる

叔父さんが送ってきてくれたロボットのオモチャを取り上げられたりした。

 

返って来た時にはロボットの手も足ももげていて、父さんからひどく叱られたっけ。

「キリル、物は大事にしなければならないよ。第一、贈ってくれた叔父さんにも申し訳ないだろう」と。

僕は「ごめんなさい」と小さな声で謝ったけれど、本当は泣きたい気持ちだったんだ。

僕だって、ピカピカに光るロボットをこんな風にされたくはなかったんだ。

そんな自分が情けなかったんだ。

 

クラスメートたちは、そんな様子を見ながら同情の眼差しを向けてはいたが、誰もアレクセイに逆らう事ができずに、ただ遠巻きにしてみているだけだった。

 

それでも一度、父の財布からお金を盗んでこいと言われた時には、僕は逆上してしまった。

 

父さんは、このミンスク村の痩せた土地に、細々と麦を作っている農夫だ。すでに耳の後ろの油っけの抜けた髪には、白い物が混じっている。毎日、痩せたその体に、薄汚れた作業着をまとっては畑へ出掛け、朝から晩まで働いているのだ。そしてその大きなごつい手で、僕を育ててくれたのだ。そんな父さんからお金を盗むなんて、僕には出来なかった。

後から考えると、どこからそんな声が出たのかと思ったけれど、突然僕の喉の奥から、

 

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―

という獣のような雄叫びがして、

そうして、はじめてアレクセイに躍りかかったのだ。

 

僕が抵抗すると、一瞬ひるむが、すぐにアレクセイは、

「おっ、やんのか!?」と言って、

僕を羽交い絞めにして、体中所かまわず殴ってきた。

 

僕は「痛い、痛い!」と叫び声を上げたが、彼がその手を緩める事はなかった。

 

それ以来、僕はアクレセイの子分だった。

いや、子分ではないな。まさしく奴隷と言っても良かった。

そう、僕はアレクセイのために、毎日彼のために働いた。

先回りしてカバンを持ったり、宿題をしてあげたり、そしてお昼のランチ席を取ってあげたり……とかいがいしく働いた。

彼に酷い目に遭わされないようにと。

 

その姿はまるで、びくびくと彼の顔色を窺う小動物のようだった。

 

あの日、ユーリが転校してくるまでは―。

 

 

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つづく