トナリのサイコパス

どこにでもいるヤバイ奴。そうあなたの隣にも―。さて、今宵あなたの下へ訪れるサイコパスは―?

「レンゲの花の咲く頃に」10

春になり、家の近くの野原には、一面レンゲ草の花が咲いています。

毎年美しく咲き誇るのですが、今年もその赤くて小さな花を咲かせました。

 

翔くんはその中にひとり立ち、耳を澄ませていました。

空にはひばりが舞っていて、その歓びに満ちた声を響かせています。

 

ふいに声がしました。

 

「……くん。翔くん」

 

声のする方を見ると、それはポヨポヨでした。

 

翔くんは、最近ではすっかりポヨポヨを呼ぶこともなくなっていました。

けれど、久しぶりに見るポヨポヨは、すっかり影が薄くなり、身体も遠くの空に抜けるようでした。

 

「ポヨポヨ……」

 

翔くんはその姿を見ると、泣き出しそうになりました。

彼が消えてしまうことが分かったからです。

 

「ポヨポヨ、行かないで。ずっと側にいておくれよ」

 

翔くんが言うと、ポヨポヨは力なく笑いました。

 

「大丈夫。オイラはどこにも行かないよ、ずっと君の側にいるよ。君がいつでも“ポヨポヨ”って呼べば出てくるよ」

 

けれど翔くんは、悲しげに首を振りました。

 

「でもボクにはそれは出来ないんだ。だって決めたんだもの。“この世のルール”で生きていこうって。だからもうすぐ君のことも思い出せなくなってしまうんだ。以前の記憶をなくしてしまうんだよ」

 

ポヨポヨは黙って頷いていました。

 

「それでいいんだよ、翔くん。それで」

 

しばらく泣いていた翔くんでしたが、やがて顔をあげると、

 

「けれどね、ボクは一旦君のことを忘れるけれど、必ずまた思い出すからね。ボクがこの世でちゃんと生きられて、そして神様からもらった愛で、みんなを幸せにすることが出来たのなら……。その時はまた現れてくれるかい?」

 

「うん、約束だよ」

 

ポヨポヨも泣きながら答えました。そうして、その身体は徐々に透明になっていきました。

 

「ポヨポヨッ!」

 

翔くんは叫びました。

 

「今までありがとう」

 

ポヨポヨはニコッと笑うと、スーッと大空へと消えていきました。あとにはポヨポヨの声だけが残されました。

 

――忘れないで。オイラは見えなくても、いつも君の側にいるのだから。

君が寂しいとき、悲しいとき、辛くて辛くて堪らないときには、

いつでもオイラが側にいるよ。

 

もう歩けないと座り込んだり、生きていたくないと思ったときだって、

いつでもオイラが側にいるんだよ。

 

思い出して欲しい。

君はひとりじゃない。

オイラがいつも側にいるよ。

オイラが側についているんだよ――

 

「ポヨポヨ……」

 

翔くんの両目からはいつの間にか、滂沱の涙が溢れていました。

 

 

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つづく