トナリのサイコパス

どこにでもいるヤバイ奴。そうあなたの隣にも―。さて、今宵あなたの下へ訪れるサイコパスは―?

「ニャン太を探して」2

 

「ウチのネコが居なくなったんです」

 駅前の交番の引き戸を開けるなり、ナナコはそう言った。
 なるだけ深刻そうな顔を作ったので、なんだかわざとらしいなあ……と自分でもそう思っていた。全てが茶番のような、そして、それゆえになんだか笑い出してしまいそうな、そんな気持ちさえしていた。

 

 オマエハ ホントウニ ニャンタノ コトヲ シンパイ シテイルノカ? 

 

 だが対応に出たまだ年若い警官は、ナナコのそんな気持ちになど気づく筈もなく、「あ、そうですか」と言いながら、事務的にスチール机から、黒い表紙の綴りを取り出した。チラリと見やった引き出しの中には、その薄い綴り以外には何も入っていなかった。

 「それではここに記入してください」そう促され、ナナコはその綴りを見た。そこには、“拾得物/遺失物届”と書いてあった。ペットも“物”なんだ、とナナコは初めて知った。生きているネコも“物”として扱われるんだと軽いショックを憶えた。

 

 記入を終えたナナコに警官は、質問をし始めた。

 いつ頃居なくなったんですか?

 「半年前です。」

 半年前ですか? 疑問を持ったような警官の声にナナコは慌てて言い足した。

「今まで仕事が忙しくて、なかなか探せなかったんです。今日になってやっとこちらに来ることができました」

 軽く頷きながら警官は、「貼り紙とかしましたか?」と尋ねた。

「いいえ、そんなものはしていませんが……」と、またもや言い淀むナナコの方を見ることもなく、警官は、

 「こちらでも見つかったら、ご連絡しますが、なかなか見つからないと思います。保健所には電話してみましたか? そちらにも聞いてみたらいいですよ」と言った。

 「そうですか」とナナコはがっかりした。

 一日に、何件の落とし物があるかは知らないが、半年も前に居なくなってしまったペットのネコにいちいち構っている暇などないのだろう。ナナコは丁寧にお礼を言うと交番を出た。

 

 帰り道、迷い犬の貼り紙が電柱に貼ってあるのを見た。ナナコも一瞬、こんなチラシを作ろうかと思ったが、すぐに止めた。

 

 ニャン太の写真なんてあったっけ? 

 あったとしてもそれを現像に回したり、こんな風にポスターを作ったり、そして、それをまた貼りに行ったりと……そのとてつもない労力を考えると、とても出来ないと思ったからだ。
 

 ナナコは、そこまでしてニャン太を探す気にはなれなかった。

 私はむしろニャン太が居なくなってくれて、ホッとしているのかもしれない、ナナコはそんな風にも思うのだった。
 

 

つづく

 

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嫁の家出 (実業之日本社文庫)

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