トナリのサイコパス

どこにでもいるヤバイ奴。そうあなたの隣にも―。さて、今宵あなたの下へ訪れるサイコパスは―?

てきとーな距離感

てきとーな距離感
2007-12-03 21:13:42

テーマ:日々つつがなし・・・

 

先週、思い切った衝突があった為、
あれ以来、我が家の平安は、
まあまあ保たれている。

そもそもうつ病患者たちは、
自分たちの性格が変わった事に気づかない。
気づいてはいても自分ではどうしようもないようだ
(夫も、思った事をすぐ口に出すようになったなあ・・という
自覚があるそうです)。


ウチの夫は、とても獰猛?とでもいうような性格の激変が
あったけれど、他所のうつ病患者はどうなの分からない。

人によっては気力がなくなって、ぐったりしているという方も
いるだろうし、「あんな仏さまのような人が、どうしてまた・・・」
ということもあるだろう。


私は先週、夫から「決められない」と言われた時、
目の前がぱーっと明るくなった気がした。
全ての謎か解けた!と言うような感じだった。

なるほどね~・・・。

だから、結婚するときも、
「決められな」
かった訳だ。

何かあるたびに、私に決めさせようとし、
私が決めたら決めたで文句を言い
(自分は決められないけれど、
他人が決めたのがまた腹立たしいらしい)、
そんな複雑な彼も、
実は単なる
「決められない」人だったということだ。


思えば夫のこの性格が、
現在発病して、より増幅した形で表われているのだろう。

夫の「決められない」性格で、こちらは本当に
迷惑したり、尻拭いをさせられたりしているけれど、
もともとこういうハンディがある人だということが
分かっただけでも、有り難いと思う。
何故ならこちらの覚悟も違うからだ。

そして、どう対処すればいいのかということが
分かるからだ。

どう対処すればいいのか分かるということは、
今までべったりとくっついていた関係が、
ある距離感をもってみられるようになると言うことだからだ。

 

そう・・・!
私はこれが一番大事だと思うのだ。

病人を抱えたり、誰かを世話しなければならない
家族がいる家は、この「てきとーな距離感」というのが
とりづらいものなのだ。

それは「愛」していないからではない。

逆に「愛」しているからこそ、
持てないものなのだ。


しかし、病人と共倒れになってしまうと、
元も子もない。
それだけは避けなければならない。

だから私たち家族は、病人を見守りつつ、
同時に自分を保つということもしなければならない。

経済的なこと、病人の世話
(これもどこまで手を出せばいいのか・・・などの
見極めもしなければならないし)、
子どもがいたら、子どものフォロー、近所や
友人たちへの説明などなど・・・
とにかく細かく気を遣う事がたくさんある。


これだけやっても、
結局は、感謝などされることもなく、
気に喰わないといっては怒鳴られたり、
怒られたりするわけだ。

まったくもって割に合わない仕事というのが
家族の役割なのである。

しかも相手は「病人」なのだから、
大切に面倒みてやらなければならない・・・という
世間の目ある。

まったくね・・・。

本当に大変です。
われわれ家族は・・・。


しかも「うつ病」は正直なところ治るか分からないのだ。

短期間で治った人の話を聞くと、
その人たちはもともと心の健康度の高い人たちなのだ。

それがたまたまストレスがかかってなったという場合が多い。

ウチの夫のように、自分の毋を呪い続け、
「決められない」という性格を持ち、
自分はどこか欠損している・・・と信じ続けている人には、
なかなか光明は見えて来ないのだ。

前に講演会で精神科医の方が

うつ病は、うつ病の本人が、
あ、もう止めよう!
うつ病やめよ!と思わない限り治らない」

と言っていた言葉を思い出す。

はっきり言って、そうだと思う。

薬や家族の力でなんとかなるものではないのだ。

本人が「あ~馬鹿馬鹿しい!もう、や~めた!」
と言わない限り、延々と続くのだ。

そう思う。


家族のため
子どもため
(に治って~!)


などという台詞は、彼らには通用しない。

彼らは自分の増幅された世界の中でだけ生きており、
それだけを信じているのだ。

そんな人たちにアクセスする方法はなかなか見つからないだろう。

そして、それにだけに関わっていたら、
やはり家族は、共倒れになってしまうだろう。


私たちに出来る事は、

うつ病患者とは、てきとーな距離を取り、
いつでも支えているよということを伝えるくらいしかない。

そして、もう自分の人生を生きる事だ。


治ったら、よし。
治らなくても、よし。

それしかないだろう(ぶっちゃけ)。


夫はこの4月から、まるで人が変わったように、
勤勉になり、健康管理もして、痩せ始め、
朝はちゃんと起きてきて、ジョギングも始め、
休日は一人自転車修理などする、近所でも
評判の模範的亭主になってしまった・・・!
(しかも町内会長まで引き受けてきた)

精神科でも、薬を徐々に減らし始め、
来年にはもう薬もいらないでしょうとまで言われていた。

私は「よかったね」と思う反面、急激に変わってしまったことへの
戸惑いも感じていた。

大丈夫かな・・・?と。


その反動が、今きているということなのだろう。

夫はまだしばらく休みが必要なようだ。


私もこれからまだしばらくは夫に付き合わなければならないだろうが、
もうあまり、うつ病患者に振り回されずに、やっていこうと思う。
(あまり酷い時は、どこかに避難しようかとも思っている)


それくらいでいいのだと思う(てきとーで)。


そして、もう本当に駄目なら、
最終的な決断をしてもいいと思っている。
それくらいの自由さは、家族にもあっていいと思うのだ。

 

 

 

 

最終的な決断というのは、…まあ、別れるということですね。(*´ω`*)

あの頃から、いろいろと悩んでいたのでしょうね。

このまま、このような人とずっと居られるのか…?

とは思うところです。

 

あの頃の私は、常に、家庭内が混乱していたので、

とにかく、平和が欲しい~と願っていました。

平和な家庭が欲しい~と。

 

そう思いつつ、巻き込まれないように、自分を

保つのも精一杯という感じでやっていましたね。

 

本当にご苦労なことだったと思います。

 

今の私から、あの頃の私へ、

ほんの少しばかりのエールです。

 

 

☆それでは今日もよい一日を。