俺は天気のいい日にはよく、田中さんを車椅子に乗せて施設内の庭を散歩した。
そんな時でも田中さんは無表情だった。
嬉しいんだか、悲しいんだか、その表情からは読み取れない。
一般に認知症のお年寄りは治らない。
治らないけれど、過去に自分の馴染みの仕事や馴染みの場所に出会うと、一時的にその頃の記憶が戻る事があるのだ。
それはまるで記憶のタイム・スリップが起きているようで、人間の不思議さを感じ得ずにはいられない。
しかし、入居者の全ての人がどんな生活やどんな思いで生きて来たかなんて、俺たちには分かるはずがない。
だから俺たち介護士に出来る事は、なるだけ多くの刺激を与えて、彼らの記憶が甦ることを願うしかないのだ。
つづく