それからしばらく田中さんとは顔を合わせなかった。
別の系列の施設へと研修に行かされていたのだった。
ようやく田中さんとまた散歩に出られるようになったのは、年末も押し迫った、ある寒い日の事だった。
その日は朝からちらちらと粉雪が舞っていたが、お昼頃になると青空も見え始めた。俺は思い切って田中さんを散歩に連れ出した。
しばらく見ないうちに田中さんは、一回り小さくなり固まったような気がしていた。
ゆっくりと車椅子を押していると、駐車場の向こうから、バイクのブォォォォーンという爆裂音が聞こえてきた。
その音を聞くと、田中さんは震える両手を握りしめ、何かをつぶやいたようだった。俺は耳を近づけて聞いてみた。
「ぶぉん、ぶぉん」
「……」
どうやら田中さんはバイクに乗っているらしかった。
そう言えば田中さんは自動車整備工場をやっていたのだ。
「田中さん、バイクお好きなんですか?」
そう俺が聞くと、田中さんの顔にみるみるうちに赤みが差してきて、
「あん? バイクだと? 単車と言え、単車と!」
と怒鳴った。俺は言い直した。
「単車お好きなんですか?」
そう言えば、ウチの親父もバイクの事を単車と言っていたっけ。俺はそんな事を思い出していた。
つづく