あれから、田中さんは順調に年を遡っている。
三十歳、二十歳、十五歳……そして今は、のらくろ二等兵に夢中の小学生だ。
この間、お誕生会の時に、俺は田中さんに白バイのおもちゃをプレゼントした。田中さんは目を細めて喜んだ。その姿はまるで、幼子のようだった。
先輩の河合さんが言うには、認知症のお年寄りには、当惑作話と言って、「何しているんですか?」などと聞かれると、お話を作ってでも、その場を切り抜けようとすることがあるそうだ。
その話は、過去の自分の体験かもしれないし、その場限りのウソなのかもしれない。しかし、そういう風に揺さぶりを掛けてお年寄りから生きる力を引き出す事も大切なことだと言う。
田中さんの話はウソなのか本当なのか、俺には分からない。
だが俺は、ときどき無性に田中さんの巾着袋の中を覗いてみたい気がする。怖いけど、真実を知りたいと思うのだ。
果たして本当に彼は犯人なのだろうか? 本当に三億円はあるのだろうか? 全ては薮の中だ。
しかし、このことを俺はおそらく誰にも言わないだろう。
一生この秘密は、自分の胸の内だけにそっとしまっておこうと思っているのだ。田中さんの想い出と共に―。
終
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